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望月義博が、カーショップ、カーディーラーの皆様に
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第96回 私はなぜ、ここにいるのか

私はなぜ、ここにいるのだろう。

私は何をする為に生きているのだろう。

時々考えることがある。

学生の頃、ルーツというTVドラマを見て衝撃を受けたことがある。アメリカの白人社会の中で黒人の奴隷青年が「私はなぜ、ここにいるのだろうか」と、疑問を抱く。そして自分のルーツを探し始めるのだ。ここからドラマが始まる。

それは、アフリカの大地で自由に暮らしていた、クンタ・キンテという少年がある日、白人に生け捕りにされ、奴隷船に乗せられてアメリカに連れてこられた。市場で売られて、黒人奴隷としての人生が始まったのだ。

そして、子、孫と、その血が繋がって黒人である今の私が生きている。その青年は、自分がなぜ、ここにいるのかを知ったのである。

私のルーツはどこにあるのだろう。

調べてみたことがある。望月の姓を持つ人々の生まれ故郷は、長野県佐久市の望月町(望月の里)から始まったと言われている。

望月の里で暮らしていた一族は、武田信玄の勢力と戦うが敗れ、望月城は落城。生き残った者たちは散り散りに逃げて二度と父祖の地、望月の里を踏むことはなかった。(現在も望月町には望月の姓を名乗る人はいないらしい)

真田家に仕える者や、甲賀まで落ち延びて、忍者になった者もいたらしい。でも中には武田信玄に降伏し、家臣となる者たちもいた。そして、どこにいても同じ一族であることが解るように家紋は九曜紋を使用している。

武田軍の出陣を記録した文書を見たことがある。先駆け衆の中に望月衆という文字があった。

武田軍が南下して駿河を攻略したので、その先鋒として戦い、そのまま土着した者たちもいたのだろう。だから山梨や静岡に望月の姓を名乗る人達が多いのだと思う。そんな人達の末裔として私は生きているのだ。

私のルーツは解ったが、では私は何をする為に生きているのだろうか。

過去を振り返っても、あの時、なぜと悔やむことが多い。未来を見据えて生きなけらばならない。私はあと何回桜の花を見ることが出来るのだろうか。齢を重ねると焦る。

自分が死ぬ前に、私はこの事をする為に、ここにいたのだ。

私はこれをする為に生きてきたのだと感じたい。何かやり残している大きなことがあるような気がする。

それは何なのか早く見つけたい。


2017年12月5日



 


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